私たちが喪ったひとりの女性
2018/07/16
美術業界にも裏がある。別段、不正とかスキャンダルとかそういう類のこととは限らない。誰と誰が仲がいいとか悪いとか、あの人は目筋がいいけど性格が悪いとか、商売はうまいけどやり口が汚いとか、あの作家は絵はいいのに売れないとか、その逆とか、あそこの団体は後継者がいるとかいないとか、ナントカカントカ、ツイッターにも2ちゃんにもない、重要度が高くしかも簡単には入手できない情報である。
しかし美術の世界で横串を通して何かを成し遂げようとしたら、知っておくべきだろう。おおきな企画をやるとか組織を作るとか本を編むとか、埋もれた情報を掘り起こし、人の前に何かを明らかにする、少し大きな仕事をするには、誰に協力を求めるのが最も適切なのかを判断し、その人を取り巻く人脈や付き合い方の機微を知らなければ、なかなか物事は動いていかない。
そこで人との強い絆を作り、最大限の協力を得る事。それには、仕事への愛、人への愛が必要だ。
美術の世界でそうした裏表をよく見聞きし、それでいて本人は裏表のない、明るく、情に厚く、約束を守る、広く信頼される人材が美術の世界にひとり居た。
それは生活の友という会社の小森佳代子さんである。
彼女は先日、この世を去った。まだ40代である。あまりに若い。
一井さんという恐ろしく癖の強い、率直に言えば嫌われ者と言ってもいいオッサンが作った生活の友社が発行する「美術の窓」と「アートコレクターズ」という雑誌は、どんな美術雑誌よりも群を抜いて情熱とエネルギーがあった。あんな雑誌は下らん、と斬って捨てる人もいるのは知っているが、僕はこの業界に深く切り込んでいる人たちでなければ作れない、コレクターにとって有用な雑誌と評価していた。
その一井さんの片腕というか頭脳そのものでもあった人が彼女だ。
「アートコレクターズ」という雑誌は、この小森さんと何人かの女性が世に問い続けたものであった。他の雑誌にはない、この業界に広い人脈があることを感じさせる内容で、その情報の網羅性と紙面の美しさは画期的であった。
うちでやっている現代作家たちのほとんどは、アートコレクターズさんのおかげで世に出たと言ってもいい。よく表紙や特集で露出してもらった。有り体に言って小森さんのおかげだ。
この業界は微妙に分断されているところがある。現代、近代、骨董などジャンル毎に人脈や考え方が違う。しかし人材の異動や交友関係、姻戚関係でゆるやかにつながっている。美術マスコミや評論家はどこかその一部しか知らないケースが多い。しかもどうしても相性があるのでどこか一部分にのみ情報ソースが集中するきらいがある。
だが小森さんはどんなジャンルの人にも、エライ人にも知られてない人にも、同様に愛を込めて接し、信頼を勝ち取り、記事をものにし、広告もとった。こんな人は他にいないし、これからもいないだろう。
親分の一井さんは昨年亡くなり、彼女も先日、この世を去った。49歳。
この穴は誰にも埋められない。
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