アートフェア東京、昨日で終わりました
ふう。
アートフェア東京、昨日で終わりました。今回はVIPプレビューから出足よく、たくさんの作品をお求めいただきました。
「日本画で美人画を描く」とはどの様なことであるのか、現在として可能であるのか、可能だとしてどのような意味があるのか。
その事を問い続けてきたこの10年足らずの道のりに、少し光が見えてきたようにも思います。
「美人画」、あるいは女性を「日本画」で描く、というテーマは、池永が個人として抱き続けてきたテーマで有り、そこに秋華洞は共鳴してきました。
「美人」を描くということは、歌麿あたりから始まり、深水の時代まで変化・進化し続けてきたのですが、昭和の中盤あたりで、ある種の楽天性・娯楽性を帯びた一大ジャンルとしてはその歩みを止めたかに見えました。
しかし、「オンナを描きたい」という馬鹿馬鹿しいくらい素朴で本能的な思い。そして「日本人として日本人を描きたい」という一種のアイデンティティの問題と、日本美術の歴史の接続性の問題が、池永康晟と私ども秋華洞が世に問い続けてきたテーマでした。
少しテーマを広げると「人物像」と言ってもいいのですが、コンテンポラリーの抽象絵画の流れ、そして戦後美術のある種の「品格」と「色面」重視の流れが、いつの間にか日本絵の具と筆先により「人物像」への取組み(具象画じたいも含めて)を陳腐化してしまっていた80年代・90年代ではなかったかと思います。しかし歌麿・国芳・芳年から深水・夢二まで脈々と流れる女性像の娯楽性、あるいは小林古径や安田靫彦、あるいは上村松園が目指した線描による人物像の品格性、棟方志功が本能的に造形を試みた聖なるエロス、甲斐庄楠音など大正大阪画壇のもがいていた「個」の表現まで、私たちの「心」が求める「人物像」にどのような可能性があるのか、私たちはもっと知りたいと思います。
果たして池永、岡本、中原、そして今回は登場しなかった、またこれから登場するであろう、秋華洞の現代画家たちがいわゆる「日本画」あるいは「美人画」の正統な後継であるかどうか、ということは、しかし、さして重要ではありません。
「美人画」の文脈を意識している池永の画業は、海外メディアでしばしば「現代の歌麿」と紹介されるとはいえ、浮世絵の画法、あるいは深水や夢二などの方法論とつながっているかといえば、麻布に基本色を置き、線と地味な色面で仕上げていく彼の手法には断絶がありますし、ましてや岡本や中原は今論じられているところの「美人画」を彼女たちの画業と直接結びつけているわけではなく、あくまで彼女たち自身にとってリアリティのある人物像を生み出してるに過ぎないでしょう。
大事な事はいわゆる「伝統」ないし「過去」の美術に触発され「今」生きて生み出される作品たちが今の私たち、そして未来の鑑賞者にとって心に響くものになるかどうか、驚きと感動をもたらすものであるのかどうか、今の若冲がそうであるように、100年経っても亡びない「永遠の現在性」「世界性」を持つかどうかだと考えています。
そこに無意識的・意識的に現れるだろう「日本的」感性が、世界で生き残る美術となる大事な要素であるのだろうと思います。
私たち秋華洞は、平安時代の仏画も、伊藤若冲も、北斎の浮世絵も、清方・甲斐庄の美人画も、現代の池永康晟等も扱う世界で唯一の画廊であることを誇りに思っています。
今後も私どもの活動にどうかご注目ください。
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