銀座の画廊<秋華洞>社長ブログ

美術を通じて日本を元気にしたい! 銀座の美術商・田中千秋から発信—-美術・芸術全般から世の中のあれこれまで。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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ずっとあなたを愛してる

   

ずっとあなたを愛してる
ずっとあなたを愛してる、という映画は、題名でちょっと連想するような恋愛映画ではない。いわば家族愛の映画であるが、そこに激しい陶酔的な物語性はない。
いわば大きな物語があった後、非常にシンドイ過去を引きずる姉が、妹が、その家族が、友人が、どう受け止めて生きていくか、人の心をどうわかっていけるのか、というとても繊細なテーマの映画である。
実は、この映画は、日常生活で「人を知る」という日々行われる「作業」にとても役に立つ映画である。
この映画の脚本は極めて繊細に書かれている。主人公が「姉」で、副主人公が「妹」である、という基本的な設定さえ、映画を見始めてから数分経たないと明かされない。その他、すべての人間関係が、全く説明的な台詞、ナレーションを排して語られている。「姉」の過去も、ひどく謎めいているのだが、その「謎」自体が、他の登場人物が「誰」なのか、というどの映画でも当たり前にある「謎」の奥にあることで、観客はリアルな「他人」の日常に少しずつ入っていく感覚を味わえる仕掛けになっている。
実はこのことは日常、他人と関係性を作っていく上で、私たちが当たり前に行っている作業なのだし、すべての映画は「人間関係」の説明にどれだけの尺を使うか、というのが非常に基本的な技術なのだけれども、たいていのテレビドラマ(大河ドラマなんか典型)では、アホみたいな説明提起台詞でいっぺんに知らせてしまう。なんのスリリングさもない。
つまり具体的には
「それでさ、お母さん」とか
「だって、彼女は今までずっと独身で彼氏もいなかったじゃない、」とか、登場人物が人間関係を説明しながら台詞をいうような台詞回しのことを言っている。
で、主人公の姉は、人の心に土足で踏み込んでくる連中を、拒絶する。というか彼女はどうも罰されたがっている節がある。それが自分の運命、とでもいうように、優秀で美しいにもかかわらず、人に拒絶されることをあらかじめ受け入れて生きているのだ。そして、人に同情されたくない。
しかし、意固地ということではない。心にやさしくタッチする、ユーモアや詩的表現(フランス語らしい美しい表現が数多くちりばめられているのがこの映画のいいところだ)を解する何人かの登場人物には心を開き、魅力的な笑顔を見せる。妹(主人公たちは英仏のハーフ)の養女(東洋人)にも、最初はいささか拒絶ぎみの反応も見せるが、すぐに心を開き、優しい叔母としてふるまう。
みんなで田舎の友だちの家に集まってパーティするなど、フランスの片田舎のインテリ(職場と家族を中心とした共同体)の良さが、とても屈託なく表現されているのが嬉しいのだけど、その中に困った友人が居る。
その困った友人は、エリックロメール(有名な映画監督)がわからんやつはクズだ、みたいな発言をして、周囲を困惑させる。当然のことだが、映画にさして興味のない人間にとって、ロメールなんてどうでもいい名前だ。こういう自己主張の強い押しつけがましい人間はインテリが10人くらいいると一人くらい必ず混じっている。で、その困った男は主人公のジュリエットに「ジュリエットは誰だ?謎の人物?」とかなりひつっこくからむ。彼女は過去は言えない。言えば家族に迷惑がかかることは自明なのである。本当のことを言うと、一同、大笑い。誰も本気にしない。それほど、彼女の過去は重い。とくに、インテリの共同体には支えきれない重さである。
このロメール好きの男、ああ、これは私自身のカリカチュアだなと思った、気に入った芸術やら映画を褒めない人間を憎む、人のことを詮索する、20代の自分である。バッカだねえ、人にはそれぞれ事情があるのに。言えることばかりとは限らないのに。ちなみにロメールは私も好きである。人の会話の機微をリアルに切り取るのに卓抜した才能があり、ゴダールあたりが「才能」を前面に出すのに比べて、控えめなポジションで映画を作り続けて長生きした、ヌーベル・バーグの巨匠である。彼の映画を好き、という事は、自分は繊細ですよう、と言いたい人なのだけど、そう言いつのることが実は繊細さの奥の鈍感ぶりをさらけ出してしまう、という恥ずかしい構造をこの困ったオジサンと私(かつてと言いたいが今でもいささかそうであるかもしれない)は持っているのである。
関係ないけど、最近、自分の両親の親戚、妻の親戚などに会う機会があったが、本当に親しい仲でも、背景にもう多くのドラマを抱えている。なんだか人生の重みを少しは知ってしまう年齢になってしまったのである。人生の哀しさと喜びと希望を知るのに、少々眠くなるかも知れないが、この映画は見ておいて損はないと、思うのである。

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