自分の世代の事
日曜日にサンデープロジェクトを見たのですが、特集は「団塊の世代」。
団塊の世代=全共闘世代について、「頭でっかちで理屈と行動が一致しない」という意見が印象的でした。
自分は65年生まれなのだけど、「シラケ世代」の少し後の世代なのかな。学生運動が吹き荒れた後の余熱がかなり冷え切った頃に青春を過ごした。団塊の世代と団塊ジュニアに挟まれた世代ともいえる。
たしかに上の世代は理屈先行の事が多かったのだろうし、社会を変えようとして、結局は髪を切り、「大企業」に入っていった彼らは何だかズルイ、というか哀しい。
私たちの世代はほとんど無意識に「あのようにならずにシアワセになる、あるいは生き延びる為にはどのようにしたらよいのか」を考えて行動しているようにも思います。
ただ、社会運動という「否定」の運動は社会にプラスの要素はさして残さなかったかもしれないが、社会に対する違和感を表現して、やがては社会の内部で自己実現しようとした彼らの世代にはやはり敬意を持っています。「世代」に敬意なんてヘンですけどね。
彼らの世代や自分の人生で学んだことは、何かエキセントリックなことでなくても、何かモノゴトに対する、あるいはコミュニケーションに対する「熱」を自分の仕事に持ち続けて、社会に提示していくこと。それが私にとって「家業」でもある「美術」というチャンネルなのです。日本という国やそこに住む人々はこんなだよ、という意味での「日本文化」を日本人自身や世界の人へも発信していきたい。
「シラケ世代」・・浅田アキラという人はスキゾとパラノとか言ってたっけ。「シラケ」る文化が僕の世代にあったとしたら、前の世代の挫折を(無意識に)知って臆病になったのかもしれない。けれども、「熱」は忘れてはいけないと思います。だって生きるってつまらないことじゃないはずだもの。
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