銀座の画廊<秋華洞>社長ブログ

美術を通じて日本を元気にしたい! 銀座の美術商・田中千秋から発信—-美術・芸術全般から世の中のあれこれまで。「秋華洞・丁稚ログ」改題。

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骨董誕生、セッカ

      2016/07/08

shoutogenkan
(松濤美術館の入り口。アヤシゲなオトコ。度付きサングラスは止めた方がいい?)

日曜日は、渋谷区松濤美術館の「骨董誕生」展と、日本橋高島屋の「神坂雪佳」展に行って参りました。

  この展覧会によれば、近代に骨董を「発見」したのは、柳宗悦と、青山二郎である、とほとんど言い切っている(誤読でなければ)。

勿論「完全なモノ」でなくて「不完全なモノ」をわびた味「味もの」として発見したルーツは、室町時代に遡り、体系立てて打ち立てたのは「利休」だということになりますが、近代においてそれらを確立したのは青山二郎とその「弟子」たち「青山学院」が飲み交わした空間であった、となる。

骨董誕生図録


へえ、そんなふうに言い切ってしまっていいのかなあ、と思うが、 それはともかく、「骨董」というものが室町期あたりから利休の「わび」、青山二郎・白洲正子あるいは柳を経て、現代のコピーライターの仲畑さんまで引き継がれる「歴史」が、小さな空間にコンパクトにまとめられていて、小気味よい展覧会でした。

私は面識がありませんが、この展覧会のトリを飾るのが「古美術坂田」さんの商品展示。なんでもない、そこらの葡萄だなのサビた針金や、麻袋、果ては雑巾まで、「商品」として展示してある。ウチの商品は、外で見たら粗大ゴミ、と公言しているという坂田さん。さわやかで、かっこいい。

実は、今度私どもで出す「秋華洞 2006夏カタログ」に掲載するインタビューには、美術品というモノはある意味で詐欺みたいなもの、どうせやるなら「腹をくくった詐欺であれ」、というフレーズがあるのですが、その腹のくくりぶりが嬉しい。

ただ。

モノを楽しむあり方は、「わびさび」から赤瀬川さんの「トマソン」に至る「見立て系」(アメリカではウォホールなどのメディアハッタリ系もありますね)だけでなく、手仕事職人系のものを素直に感動するあり方もありますね。

で、「神坂雪佳」展。こちらは残念ながら、本日6/5で東京の展示は終わり。次は巡回するようなので、あきらめずに行って下さい。雪佳 は、幕末に生まれて明治から昭和まで活躍した、ほぼ最後の琳派の人。(おおきくいえば、現代日本画は琳派の流れを汲んでいる、ともいえるから、美術史的には最後なんていえないのかもしれませんが)

セッカちらしたらし込みの技法や、落款・印の入れ方、デザインと美術の境界線上の仕事など、琳派の正統を受け継ごうとした点では、最後の真面目な琳派、と言いたくなる仕事ぶりです。

チラシに採用されている金魚の幅なんていいですよ。描きビョウソウで、絵の本紙のまわりが「よしず」に見立ててあるんですね。もうこういうサービス精神と上手さが結びついているような真面目な仕事ぶりが好きですねえ。この方もふくめて、琳派の最後の方の人たちには、なんとなく絵に甘さがあるような気がするのですが、そんなことよりも、楽しませよう、とする精神のありようが、神棚の上に乗ってしまっているが、本人はいたってお茶目で真面目な職人気質ともいえる円山応挙の気質とも通じている気が致します。ハッタリカマスのと正反対の、わかってもらいたい、という気持ちが緻密に絵に埋め込まれているところが私には切ないのでアリマス。

応挙や雪佳 (と勝手にくくる)系の作家には、真面目でお茶目でユーモアがある。お高くとまらない華麗もある。映画でいえば、キューブリックや晩年の黒沢みたいな事大主義じゃなくって、目の前の題材を如何に楽しく伝えるか、という誠実さという意味で、小津や周防正行監督の精神に例えればいいでしょうか。

それはともかく、神坂雪佳展は、松濤美術館以上に、年配の方ばかりでした。何故でしょう。日本橋という場所からでしょうね、やっぱり。でも、若い人も行った方がいいと思うよ。思います。10月4日から、京都高島屋でもやるそうです。

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