久隅守景の作品
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寛永年間から元禄年間(1630年代-90年代)にわたって活躍した絵師。通称を半兵衛といい、無下斎、無礙斎、一陳翁、捧印と号した。久隅守景は鶴沢探山、桃田柳栄、神足常庵らと共に探幽門下の四天王と称せられる高弟であった。狩野狩野探幽の姪である国(くに)と結婚するが、破門されたと伝えられている。1641年に狩野尚信、信政と共に知恩院小方丈下段之間の襖絵を制作。翌年探幽に率いられ尚信、信政らと聖衆来迎寺客殿障壁画制作に携わる。守景は何らかの理由で江戸を離れ、6年間程加賀に滞在したと伝える後年の資料がある。この守景の加賀行きと関連して、富山県高岡市の瑞竜寺には守景の水墨襖絵八面を描く。1672年、息子の彦十郎が狩野家から破門され、さらに罪を得て佐渡へ流される。代表作として国宝「納涼図屏風」(東京国立博物館蔵)がある。