旭玉山の作品
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明治・大正期に活躍し、牙彫(象牙彫刻)と嵌入彫刻を得意とした彫刻家。浅草にある真宗の寺に生を受ける。本名は富三郎。やがて家督を継ぎ僧侶になったがのちに還俗する。はじめ根付を得意とし、24歳ごろから象牙彫りに専念。医師松本良順,田口和美について人体骨格を学ぶ。明治元年、玉山は26歳に妻を迎える。明治14年には石川光明、島村俊明らと共に彫刻競技会(のちの東京彫工会)を結成し近代牙彫の礎を築く。同年の第2回内国勧業博覧会に「牙彫髑髏」(東京国立博物館蔵)を出品。明治34年の日本美術協会展に「官女」(宮内庁蔵)を出品する。その後、創作の場を京都に移す。後年に技術を買われて東京美術学校から招致を受け教授として後進の指導に尽力する。帝室技芸員。大正12年他界。享年81歳。